2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »

久々の筋肉痛

一昨日、会社の排水溝を掃除したら久しぶりに筋肉痛に悩ませられる結果に。
なにぶん、少人数の工場なので(建物と敷地はそれなりなのですが)、誰が何をやるということではなくて、やれる人がやるという概念で個々に動かなければなりません。

新しい工場ができてから約半年。
山を造成してできた工場なので、秋から冬にかけて枯れ葉や枯れ枝が排水溝に溜まり、ちょっと気になっていました。

90リットルのゴミ袋で3個分もあり、今さらながらの驚き。
もっと早くやっていれば...。

初釣りならず

今日は、管理釣り場に初釣行。

....の予定だったが、朝からみぞれ。
天気予報では、のち晴れということだったので早めに止むことを期待して出発。

東北自動車道を、南下。しかし、みぞれどころか段々と雪足がひどくなってきた。

Snow00

安積PAでもかなり降っている。

もう少し進んでみるとどうだろうかということで、更に南下。

Snow010

雪は収まることはなく、仕方なく白河の手前でUターン。

今年の初釣行は、もう少しお預け。

ティレルP34(1976-1977)

今回は、ティレルP34です。F-1でも有名な6輪車です。

P3401
左から、1976年型、1977年型、1977年型のモナコ仕様。

1976年にティレルはフロントタイヤの設置面積を増やし、空気抵抗を減らす試みで始まった。この頃のF-1は13in程度のホイールを採用していたが、ティレルP34は10inのサイズを採用した。

P3476

折しもこの頃日本ではスーパーカーブームで、日本でもこの6輪車は大人気に。
また、1976年は日本で初めてF-1が開催された年。
決勝は雨であったが、3位に入る健闘を見せた。

翌77年、ティレルP34はフルカウルをまとう。
しかし、その分の重量がかさんでしまい、車体前後のバランスを崩してしまう。
トレッドを広げるなどして、対策を施してみたがどうも今ひとつのようだった。

P347701

77年は、各チームも改良を重ね競争力を増してきたため、6輪車のメリットも見られなくなってきた。また、タイヤの供給メーカーであったグッドイヤーも普及しない10inサイズのタイヤの開発に消極的になっていたため、戦闘力は徐々に低下していった。

P347702

苦肉の策として、ベルギーとモナコGPでは、76年型を持ち出してきたりして。

ティレルP34の悲劇は1977年、日本GPで起きた。
ロニー・ピーターソン(ティレルP34)とジル・ビルニューブ(フェラーリ)が1コーナーで接触し、ビルニューブがアウト側の観客に飛び込む形になり、二人が亡くなってしまう。
これにより、1987年の鈴鹿までF-1は日本にやってくることがなかった。

1977japan

1977japan02_1

そんなティレルP34は、翌年から元の4輪に戻り、また6輪車の採用もレギュレーションで禁止されてしまい、レースでその姿を見ることもなくなった。
しかし、日本にティレルP34は存在している。

Dsc00034_1

御殿場にあるレーシングパレス(ただいま休館中)に恐らく今もあると思う。 

ウィリアムズFW11(1986)

バスフィッシングはまだシーズンオフです。(自分的観測)
シーズンオフ中にミニカーにハマッてしまいました。

さて、いよいよ2007年のF-1も開幕となりますが、その前にちょっと。

Fw11

1986年のFW11です。
燃費規制により、燃料タンクが220リットルから195リットルに制限された年です。

1986年といえば、今の会社に入って2年目のシーズンです。
これ以前のFW10から、もっと前はF-2から開発の手伝いをしていました。
本田宗一郎スピリッツがバリバリの時期でしたね。
このころ、私が勤めている会社も新しい工場になったばかりの頃でした。

翌年から鈴鹿でF-1が開催されるようになり、このマシンを改良したFW11Bでマンセルがクラッシュしてがっかりしたのを覚えています。

エンジンはRA166Eだったかな?1500ccのV6ターボです。馬力は当時1000馬力オーバーといわれた、怪物エンジンです。
実はこのエンジンは、社内ではある称号(というか、機種番号)で呼ばれてました。
ですから、私はこの番号以外知らなかったのです。
ある番号に年度毎に番号なし,A,B,Cと呼ばれてました。鈴鹿SPが生まれたのもこの頃からだったと思います。

ホンダエンジンで初のコンストラクターチャンピオンを獲得したマシンです。

Vistaにアップグレードできない

先日買ったPCにはVistaへのアップグレードクーポンが付いていたので、早速アップグレードの手続きをしてみたのだが...。

かれこれ、3回も申し込みができない状況だ。
いい加減に頭に来たので、直接マイクロソフトに電話してみた。

コールセンターでは4時間以上待ってから再度申し込み手続きをして欲しいということなので、5時間以上待って再度申し込み手続きをしてみた。

番号が一度入力されたため、同じ番号にて再入力がでないよう、セキュリティロックがかかっております。
弊社コールセンターにご連絡いただければ、セキュリティロックを解除させていただきますので、お手数ですがその旨ご理解いただくようお願いいたします。
コールセンターの電話番号は00 531 650 399 (フリーダイヤル、月曜日から金曜日、9:00-18:00 日本時間、誠に申し訳有りませんが、携帯電話からはおかけいただくことができないため、固定電話よりおかけいただきますようお願いいたします。) です。

いい加減にして欲しいな、ユーザーを舐めてるぞゲイツ君よ。
セキュリティロックの解除なんかしてくれなかったぞ。
今度はメールで問い合わせてみた。

もう少しで到着

案の定、関越道は渋滞している模様。

少し早めに出発したので渋滞にはまらずに、現在は安積PA。
もう少しで社宅に到着。

Zyutai02

戻るとき

昨晩、福島から戻りました。今日から3連休という方も多いことでしょう。
昨晩の関越道もいつもより、混んでました。

で、今朝はこんな感じで渋滞が始まっております。

Zyutai01_1

福島へ行くときは、関越から東北道に入るので12日にはこの渋滞が上り車線で発生するわけで。
今から気が重いことで。

TDR250

今日、東京の友人からメールが届いた。
彼は、家業の美容室を継いでいるが、類い希なるバイク野郎。

070206_071401

奥多摩まで行ったようだ。
彼の乗っているバイクは、数年前まで私が持っていたもの。たしか、88年式。
写真から見る限りは、ハンドル以外は私が乗っていた当時のまま。

といいたいところだが、彼なりに手を入れて今も大事に乗っている。

Tdr001

Tdr002

で、上の写真は私が乗っていた頃の写真。
ホントはオフ車なのだが、いまでいうモタード仕様というところか。
オリジナルは、黒/黄だったが、ヤマハのデイトナカラーに。
チャンバーはSP忠男、シートも黄色だったが黒に貼り替え。ホイールは前がTZR250で、後ろがFZ400(確か130-17の太いタイヤが履けた)。ステップも純正を削って、バックステップを溶接。その他色々いじっていたが忘れた。
カタログでは45PSだが、チャンバー等で50PS超くらいはあったんじゃないだろうか。
2速でウィリーしたような気がする。

彼はこのバイクで、ツーリング仲間(皆、リッタークラスらしい)を煽っているらしい。

上河内SA

約2週間ぶりの東京への帰還です。今日は少し調子悪いので、ペースが上がりません。風邪でもひいてしまったかな。安全運転で帰ります。

« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »