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あれから一ヶ月

気がつけば東京の外れも桜が見頃。

Dsc_0035

今日は関東地方で強い余震がありました。(今も時々、続いています)

福島工場の従業員達は余震に慣らされてしまっているようで、「またか・・・」くらいに思っていたらしい。

あれから、一ヶ月。

P3110017s

この写真は地震直後に取られた、福島工場の事務所に掛けてあった時計。

現地の従業員が送ってくれました。

ちょうど、一ヶ月前のその時、私は日課である別工場の工場視察に向かう途中でした。

信号待ちで、ブレーキを踏んでいるのにも関わらず車が動きそうな振動。

ブレーキの踏みが甘くて、クリープ現象でも出ているのかと思い強くブレーキを踏んだとたんに信号が変わり、発進。

アンダーパスをくぐって、登り切った信号で止まったときに、周りの車を見て初めて地震と云うことに気がついた。特に隣にいたトラックはねじれるように、車体を振るわせていた。

信号も電柱も揺れるというか、今にも折れそうな勢い。

中越地震が頭を過ぎった。あのときは太い看板のそばにいて、根元から揺れる野を見ていた。

信号待ちの間は、身動きが取れない自分の置かれた状況から、ぷちパニック発作。
手に汗握るは、鼓動は激しくなるわ、血の気は引くはという本当にどうにもならない状態。

しかも揺れで目が回りそうになるし...。

信号が変わって走り出すと、少し落ち着きを取り戻した。そして周りを見渡すと、街道沿いの工場などから大勢の人が外に避難していた。

相当ひどかったんだろうと思っていたら、ラジオで震源は福島と知らされる。

工場に着いて、すぐさま福島の状況が入ってきた。携帯電話は不通であったが、福島工場とはIP電話で内線で繋がっていたので、情報は入りやすかった。

新しい建物だし、「福島は地震に強い」と聞いていたし、実際に地元の人もそう言っていたし大丈夫だろうと思っていた。自分が赴任していたときも何度か大きな地震があったものの、たいしたことがなかった。

でも、壊れた壁の写真や写真にある時計の状態を見たときには、「まさか・・・」という思いが頭を過ぎった。
自分がプランニングして、設計・施工と全てを見てきただけにショックだった。

事務所にあるTVではライブ中継で状況を伝えていた。
場所は岩手だったと思うのだが、押し寄せる波に飲み込まれる車を見た瞬間に、「とんでもないことになった」と。
その日は正直TVにかじりつき状態で、全く仕事ならず。

その頃、私の所属する本社工場では私は行方不明扱いになっていた。

行き先掲示板には、○○工場とちゃんと書いていったのだがみんな慌てていて、見ていなかったらしい。

とあえず、本社工場に戻ってその日は早仕舞い。

翌週から計画停電や物資(特にガソリン)に振り回されながら暮らすことになるのだが。

まだまだ、収束に向けての道のりは長そうであるが、何とか頑張っていきたいなと。

また、原発で対応に当たっている関係者にも頭が下がる思いである。

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